薬剤により原因に作用して疾病を治療するという化学療法の方法論は、その実践は古く、ペルーのインディオがマラリア治療にキナ樹皮を利用したことにまで遡るが、がんに対する化学療法は1940年代に窒素マスタード剤と抗葉酸剤の登場により始まった。
パウル・エールリッヒが化学療法の概念として提唱した「魔法の弾丸」に相当するがんの化学療法剤の研究開発は第二次世界大戦後に上記の窒素マスタード剤(アルキル化剤)と抗葉酸剤(代謝拮抗剤)に始まり、今日では抗がん剤市場は数兆円規模の市場に成長している。
ターゲット療法の到来は化学療法に革命的成果をもたらしているが、化学療法の原理と限界は、黎明期の研究者において、もはや見出されていることでもあった。
●化学療法の原理
感染症、悪性腫瘍、自己免疫疾患の治療に化学療法という言葉は使われる。
根本的な病因は異なるが、薬理学的な見地からは一般的な治療の原則は極めて類似している。
どちらも選択毒性というところにターゲットを置いている。
●選択毒性の原理
宿主には存在せず、病原体や癌細胞にのみある特異的な標的物質を攻撃する。
宿主に似た物質であるが同一ではない病原体、癌細胞の標的物質を攻撃する。
宿主と病原体、癌細胞に共通するがその重要性が異なる標的物質を攻撃する。
これら3つに集約することができる。
もし標的細胞や病原体が該当薬物に対して感受性があり、耐性が生じるのがまれで、かつ治療指数が高い(滅多に中毒量に達しない)のなら、単剤療法の方が多剤併用療法よりも望ましくない副作用を最小限に食い止めることができる。
多くの感染症の場合は、これらの条件を満たすため、原則一剤投与となる。
感染症治療で多剤併用療法となるのは、結核、ハンセン病、HIV、免疫不全時の感染症などがあげられる。
結核菌やHIVは薬剤耐性を生じやすいため、3剤併用療法を行う必要がある。
悪性腫瘍の場合は腫瘍細胞はいくつかの種類のものが混在しており、更に耐性を得やすく、毒性のため投与量に制限があることが多く単剤投与は失敗に終わることが多いため多剤併用療法となる。
多剤併用療法も複数もやみくもに組み合わせればよいというものではなく、いくつかの重要な経験則がある。
標的とする分子が異なる薬物、有効とされる細胞周期の時期が異なる物質、用量規定毒性が異なる薬物を併用するのが一般的である。
さらにできるだけ相乗効果を得られる投薬を工夫する。
このようにすることで、結果として最小の毒性で最大の結果が得られると考えられている。
その結果、がんが耐性化を獲得する機会が最小になる。
また、近年は支持療法の進歩で多くの抗がん剤において最大耐容量(患者が耐えうる最大の投与量: MTD)をさらに増やすことができるようになったということが注目に値する。
G-CSFの投与によって骨髄抑制を回復をはかる時間を短くとることができ、アロプリノールの投与によって、腫瘍融解症候群を抑制し、全身合併症を減少させることができるようになった。
フォリン酸(ロイコボリン)の投与によってメソトレキセートの大量投与が可能になった。
またフォリン酸とフルオロウラシルの併用がフルオロウラシル単独投与よりも治療効果が高いということも分かってきた。
またacute emesisの治療薬が開発されることにより、治療中も食事摂取が可能な場合が増えてきたといったことがあげられる。
治療効果とは関係はないがオピオイドを駆使した疼痛対策、緩和医療の発達により患者のQOLも著しく高まったといえる。
感染症治療と抗がん剤投与が原理がほぼ同じであるため、感染症学で多用されるPD(薬力学)、PK(薬物動態学)といった概念は腫瘍学でも有効であり、抗癌薬にもシナジーは存在し、脳腫瘍ではBBBがあるため使用薬剤は制限される。
抗菌薬投与で髄液移行性が問題となったように、脳腫瘍に有効な抗がん剤は極めて少ない。
非ホジキンリンパ腫は基本的にR-CHOP療法で治療されることが多いが、病変が脳の場合はR-CHOP療法は有効でなく、HD-AraCやHD-MTXといった治療が選択される。
自己免疫性疾患に対する化学療法において、優れた選択性をもつものはまだ存在しない。
そのため、全般的な免疫抑制を起こす免疫抑制剤が使用される。
ラベル:化学療法