一部の悪性腫瘍(がん)については、ウイルスや細菌による感染が、その発生の重要な原因であることが判明している。
現在、因果関係が疑われているものまで含めると以下の通り。
●子宮頸部扁平上皮癌 - ヒトパピローマウイルス16型、18型(HPV-16, 18)
●バーキットリンパ腫、咽頭癌、胃癌 - EBウイルス(EBV)
●成人T細胞白血病 - ヒトTリンパ球好性ウイルス
●肝細胞癌 - B型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)
●カポジ肉腫 - ヒトヘルペスウイルス8型(HHV-8)
●胃癌および胃MALTリンパ腫 - ヘリコバクター・ピロリ
なお、癌に関与するウイルスは腫瘍ウイルスの項に詳しく記した。
これらの病原微生物によってがんが発生する機構はさまざまである。
ヒトパピローマウイルスやEBウイルス、ヒトTリンパ球好性ウイルスなどの場合、ウイルスの持つウイルスがん遺伝子の働きによって、細胞の増殖が亢進したり、p53遺伝子やRB遺伝子の機能が抑制されることで細胞ががん化に向かう。
肝炎ウイルスやヘリコバクター・ピロリでは、これらの微生物感染によって肝炎や胃炎などの炎症が頻発した結果、がんの発生リスクが増大すると考えられている。
またレトロウイルスの遺伝子が正常な宿主細胞の遺伝子に組み込まれる過程で、宿主の持つがん抑制遺伝子が欠損することがあることも知られている。
ただしこれらの病原微生物による感染も多段階発癌の1ステップであり、それ単独のみでは癌が発生するには至らないと考えられている。
2005年に、スウェーデンのマルメ大学で行われた研究は、ヒトパピローマウイルス(HPV)に感染した人間との、予防手段を用いないオーラルセックスは口腔癌のリスクを高めると示唆した。
この研究によると、癌患者の36%がHPVに感染していたのに対し、健康な対照群では1%しか感染していなかった。
『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』誌で発表された最近の別の研究は、オーラルセックスと咽喉癌には相関関係があることを示唆している。
HPVは頸部癌の大半に関係しているので、この相関関係はHPVの感染によるものと考えられている。
この研究は、生涯に1-5人のパートナーとオーラルセックスを行った者は全く行わなかった者に比べおよそ2倍、6人以上のパートナーと行った者は3.5倍の咽喉癌のリスクがあると結論付けている。
●がんの遺伝的原因
大部分のがんは偶発的であり、特定遺伝子の遺伝的な欠損や変異によるものではない。
しかし遺伝的要素を持ちあわせる、いくつかのがん症候群が存在する。例えば、
女性のBRCA1/BRCA2遺伝子がもたらす、乳癌あるいは卵巣癌
多発性内分泌腺腫 (multiple endocrine neoplasia) - 遺伝子MEN types 1, 2a, 2bによる種々の内分泌腺の腫瘍
p53遺伝子の変異により発症するLi-Fraumeni症候群 (Li-Fraumeni syndrome) (骨肉腫、乳がん、軟組織肉腫、脳腫瘍など種々の腫瘍を起す)
(脳腫瘍や大腸ポリポーシスを起す)Turcot症候群 (Turcot syndrome)
若年期に大腸癌を発症する、APC遺伝子の変異が遺伝した家族性大腸腺腫症 (Familial adenomatous polyposis)
若年期に大腸癌を発症する、hMLH1, hMSH2, hMSH6などDNA修復遺伝子の変異が遺伝した遺伝性非ポリポーシス大腸癌 (Hereditary nonpolyposis colorectal cancer)
幼少期に網膜内にがんを発生する、Rb遺伝子の変異が遺伝した網膜芽細胞腫 (Retinoblastoma)
若年期に高頻度に多発性嚢胞腎を発症し、後に腎がんを発生する、VHL遺伝子の変異が遺伝したフォン・ヒッペル・リンドウ病
原因となる遺伝子は不詳であるが、家族内集積のみられる非アルコール性脂肪性肝炎 (NASH) や原発性胆汁性肝硬変 (PBC) による肝細胞癌 (Hepatocellular carcinoma)
遺伝的素因と環境因子の双方により発癌リスクが高くなるものとして、アルコール脱水素酵素の低活性とアルコール多飲がある。
これらが揃うと頭頸部癌(咽頭癌・食道癌など)の罹患率が上昇する。
日本を含むアジアではアルコール脱水素酵素 (ADH1B) の活性が低い人が多い。
●がんの予防
子宮頸癌は発癌リスクを軽減できるHPVワクチンが日本でも認可された。
胃癌はヘリコバクター・ピロリを除菌することにより、発癌リスクを軽減できることが報告されている。
B型肝炎はエンテカビルによりHBVウイルスを減少させることで、C型肝炎はインターフェロン療法によりHCVを駆除することにより、発癌リスクを軽減できることがわかっている。
●がん予防10か条(世界がん研究基金)
2007年11月1日、世界がん研究基金とアメリカがん研究協会によって7000以上の研究を根拠に「食べもの、栄養、運動とがん予防[23]」が報告されている。
これは1997年に公表され、日本では「がん予防15か条」などと呼ばれていた4500以上の研究を元にした報告の大きな更新である。
1.肥満 ゴール:BMIは21-23の範囲に。推薦:標準体重の維持。
2.運動 推薦:毎日少なくとも30分の運動。
3.体重を増やす飲食物 推薦:高エネルギーの食べものや砂糖入り飲料やフルーツジュース、ファーストフードの摂取を制限する。
飲料として水や茶や無糖コーヒーが推奨される。
4.植物性食品 ゴール:毎日少なくとも600gの野菜や果物と、少なくとも25グラムの食物繊維を摂取するための精白されていない穀物である全粒穀物と豆を食べる。
推奨:毎日400g以上の野菜や果物と、全粒穀物と豆を食べる。精白された穀物などを制限する。
5.動物性食品 赤肉(牛・豚・羊)を制限し、加工肉(ハム、ベーコン、サラミ、燻製肉、熟成肉、塩蔵肉)は避ける。
赤肉より、鶏肉や魚が推奨される。ゴール:赤肉は週300g以下に。推奨:赤肉は週500g以下に。乳製品は議論があるため推奨されていない。
6.アルコール 男性は1日2杯、女性は1日1杯まで。
7.保存、調理 ゴール:塩分摂取量を1日に5g以下に。
推奨:塩辛い食べものを避ける。
塩分摂取量を1日に6g以下に。カビのある穀物や豆を避ける。
8.サプリメント ゴール:サプリメントなしで栄養が満たせる。
推奨:がん予防のためにサプリメントにたよらない。
9.母乳哺育 6か月、母乳哺育をする。これは母親を主に乳がんから、子供を肥満や病気から守る。
10.がん治療後 がん治療を行ったなら、栄養、体重、運動について専門家の指導を受ける。
タバコの喫煙は肺、口腔、膀胱がんの主因であり、タバコの煙は最も明確に多くの部位のがんの原因であると強調。
また、タバコとアルコールは相乗作用で発癌物質となる。